| 性暴力被害とPTSD |
WCK2月公開講座「性暴力被害とPTSD」は、ゲスト・シンポジストに精神科医の稲川美也子さんを迎え、性暴力被害のPTSD(Post
traumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)とはどのような症状なのか、また回復のために有効な精神科治療を中心に話してもらった後、WCK代表の井上摩耶子がPTSDへのフェミニストカウンセリングのアプローチについて話を進めた。
稲川さんからはまず、PTSDの3つの主症状─再体験(侵入、フラッシュバック)・回避/麻痺・過覚醒─と、「外傷性記憶(Traumatic
memories)」の特徴について詳しい説明があった。特に、「外傷性記憶とは、処理能力を超えた体験が、瞬間冷凍された形で、脳のなかで疎隔化された状態」と説明されていたが、処理できない体験を伴う諸感覚の記憶、情緒、感情、思考、認知などが瞬時に凍結され、そのためにいつまでも鮮明なままであるという外傷性記憶の特徴を、視覚的に表現されたのがとても印象に残っている。この疎隔化された外傷性記憶を、語りの記憶(Narrative
memories)に変換し(言葉によって解凍するイメージ?)、自分自身の認知体系に再組込をするために、心理教育や各種精神療法的働きかけ、身体への働きかけを用いる。またこのようなトラウマ処理の方法の一つとして、EMDR(Eye
Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)が紹介された。
稲川さんは性暴力被害のPTSD治療を、1.安全のなかでの再体験 2.セルフコントロール力の回復 3.セルフエスティームの回復という大原則に基づいて行われている。具体的には、例えばPTSDとは何かを伝え、病気ではないことを保証していく、あるいは症状にどう対処するのか、回復の段階・ステップ(「回復のための地図の提供」)を提供するといった心理教育を通し、安心と安全、セルフケア(=パワー)を取り戻していく。また、治療関係においても、カウンセリングルームのなかで「どちらの席に座りますか?」といった微細なことを、クライエント自身に選んでもらうことになって、セルフコントロール力の回復を重視していくことなどが話された。また、症状治癒のプロセスも人それぞれで、個々人が「自分の道を見いだすことの重要さ」を強調された。性暴力被害という徹底的にコントロール力を奪われたサバイバーに対して、徹底的してサバイバーのセルフコントロールを大切にされている様子が伺え、それが治療関係での安全感にもつながっていると思う。
稲川さんの言葉の端々から、「PTSDは病ではない、外からの傷なのだ」、そして「その傷を自分自身で処理(回復)することができるのだ」というエンパワーメントのメッセージを感じた。このことはフェミニストカウンセラーである井上の「PTSDという診断名が与えられることによって、個々の被害者を責めるのではなく、性暴力という外傷体験に焦点が当てられた意味は大きい」という言葉につながっていくと思う。井上によれば、「PTSDという概念は、性暴力被害を社会的偏見や強姦神話・DV神話から見るのとは全く異なる視点、『悪いのは加害者であって、あなたではない』という事実を明らかにしたのである」。つまり、PTSDは、これまでの精神科医療が「個人の症状、病理」として診断(レッテル貼り)を行ってきたのとは全く異なり、フェミニストカウンセリングのPersonal
is politicalに通じる概念であるというのが井上の指摘だろう。2人のシンポジストの話から、真のエンパワーメント哲学が伝わってきた公開講座だった。 |
|