| 子どもの育ちをみつめていて…<いじめ体験と自己尊重> |
子どもの育ちについて深く関わり、考えてこられたおふたりのシンポジストからの問題提起が大きく、それに対して時間が少なすぎた感があり、私には完全に消化しきれなかった思いが残ったが、久しぶりに自分の原点に立ち返っていろいろ考えをめぐらせたシンポジウムだった。
コーディネーターの竹之下は、彼女が関わっている「障害をもつ女性やその家族である女性」へのサポートグループでの経験や関心から、とくに子どもたちがどのようにして自己尊重感を獲得していけばいいのか、子どもの育ちに関わる大人はそれをどうサポートすればいいのかを考えてきた。彼女は、自己尊重を「自分のありのままを受け入れること」と定義し、男性中心社会における女性や子どもは、社会から期待される「良妻賢母」像や「よい子、がんばる子」像に縛られて、ありのままの自分を受け入れることが困難であるとする。また、子どもの「いじめ体験」は、DV(夫・恋人からの暴力)が女性の自己尊重感を奪うのと同じ影響を子どもたちに与えるのではないかと、その心的メカニズムを説明した。
いくの障害児(者)・家族地域支援センター「ほっと」の下川起代乃さんは、娘である「障害」をもつリーちゃんの地域の小・中学校での成長、「いじめ」も含めたまわりの子どもとの「共生」の関わりを話された。「3年生から入部はできない」とのクラブ活動規則があるにもかかわらず、リーちゃんの「入りたい」という熱意に動かされた友だちが下川さんと教師に働きかけ、話合いを重ねた結果、晴れてクラブに入ることができたというエピソードはよかった。リーちゃん、友だち、母、教師の自己尊重感は、どんなにか高まったことだろう。下川さんが朝寝坊して修学旅行に遅れそうになったリーちゃんを救った5人の子どもたちの知恵と行動力に脱帽し、「これ以上にうれしいことなど、あまりないな」と思ったとたんにウルウルときてしまった。
また、下川さんは(障害をもつ)娘本人を変えることより、「彼女がありのまま生きていける、まわりに理解してもらえる社会」を創ることが大切との思いから、美容師という職業から180度転換して、レスパイト・サーヴィス(障害をもつ本人と家族が一時休息をとれるサーヴィス)を地域の人たちとはじめられた。いろいろな問題が山積しているだろうことは想像に難くないけれども、自分の思いとぴったりと重なったところで力を発揮している下川さんの生き方にエンパワーされた。
日本の発達心理学の第一人者である浜田寿美男さんは、「発達」的視点から学校に焦点をあて、現在の学校の問題に重ねながら、いじめのメカニズムを話された。現在の学校は、学んだことが実生活で即今役立つという実質的意味を喪失し、単に「力を獲得し、蓄積して、将来これを使う」という発想のもとに虚しい制度的意味を追求しているにすぎないという。
また、いじめには1対多数という構図があり、いじめる心境は自然なものであり、他者を否定して自分を肯定し、自分の存在感を確かめるという側面をもっている。また、人をいじめることによって、いじめる側、いじめる者同士の共同性が高まり、それは楽しさの感覚ともなる。他者との比較の上でしか自分を確認することができない社会的存在としての人間にとっては、いじめそのものはごく自然な営みなのだ。問題は、学ぶことの意味や、一緒に何かを創り出す体験を与えることのできない「学校」を背景にして、いじめが起きていることにある。さらに、浜田さんは、人間世界は「生きるかたち」を次世代に伝達することによって存続してきたが、この伝達機能を地域や家族が果たすことができなくなった今、多種類の子どもが集まる唯一の場所である「学校」がその機能を果たすときなのではないかと主張された。そこでは、いじめ・いじめられ体験もまた、人間の発達を促す体験でしかないのであろう。 |
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