報告文〜2001年2月4日
摂食障害の娘とともに
 2月4日、第24回公開講座「摂食障害の娘とともに〜『いい母』から『わたし』へ」が開かれた。今回の講座は、摂食障害という症状そのものにではなく、症状をもつ娘とともに、日々を送る母親が一人の人間として娘とどう関わっていくか、どう生きていくか、ということに焦点をあてた。1997年秋からウイメンズカウンセリング京都で行われている「摂食障害の娘をもつ母親のグループ」に参加されてこられたふたりのメンバーをシンポジストとして迎えた。

 Iさんは、娘が摂食障害になったことを知り、自分自身にすっかり自信をなくしてしまったことから語りはじめた。グループで、はなす(話す)ことは嫌なことを自分からはなす(放す)ことになると気づかれる。心に思ったこと感じたことをそのまま表現していくと、口からでることは、不満、不平、怒り、恨みごとばかりで、いかに今まで自分の感情を押し殺してがんばってきたかがわかってきた。今まで見えなかった娘のこと、私自身のこと、そして家族のことが見えてきた。嫁、妻、母役割にがんじがらめになり自分を後まわしにしてきた私。自分を我慢することがいかに心を深く傷つけてしまうことなのか、に気づいたと。

  Tさんは、娘の症状に家中が振り回されていた時、グループは自分のしんどさを吐き出し、自分をとりもどす場だと話された。娘との関わりで感じる不安や迷いの軽減にもなったし、その場でエネルギーをもらって、次の1週間を過ごす。娘の症状が悪化、危機的状況になっても強制入院させる決心がなかなかつかなかったとき、メンバーからの言葉のひと押しで決心することができた。元気になって退院した娘のうしろ姿が、又やせているのに気づいた時のショック.地獄へ突き落とされたような気分でグループで泣いた。望んで娘を産み、愛し育てた。自分がやるべきと思うことはすべてやってきたのでこれ以上どうなっても後悔はしないと決心したとき、娘から離れられたと感じた。娘の要求を断ってはじめて娘は怒りや不満を言葉でぶつけてくるようになり、自分も本音で付き合えるようになった。今までいい母でなくてはと頑張ってきたが、「ダメな親、こんな母なのよ」とそのままの自分を出すようになってラクになれた。今は娘が自分の力でなんとかやっていくだろうと娘を信じることができると話された。

  娘の病気を誰にも言えず、孤軍奮闘してきた母同志がつながって、自分を取り戻すために、グループを活用されたふたりの母親の言葉は、会場に来られた多くの母親達の励ましになったのではないだろうか。  

  社会的、文化的につくられたジェンダーによって、女性は他者をケアすること、関係を調整すること、補佐する役割を期待される。よい母、よい妻、よい嫁、よい娘というジェンダー役割を担うことは、常に他者に焦点をあわせ、自分の感情や欲求を抑圧し、自己尊重感を損ないやすい。娘が摂食障害になると、母親は「いい母」役割をしっかりやってこなかったと過剰に責任を感じ、ジェンダー役割をよりいっそうこなそうとして、再び自分の感情や欲求を抑圧し、娘の症状に振り回され、自分を見失ってしまう。母親が自分を取り戻すということは、摂食障害の娘との関係の中で自分が感じている「怒り」「イライラ」「絶望感」「悲しさ」「孤立感」など様々な感情を十分に語り合い、自分が「できること」「できないこと」「したいこと」「したくないこと」などを見極め、娘との関係における自分の主体性を取り戻していくことである。今までの自分の我慢を振り返り、自分が内面化しているジェンダー役割に気づき、本来の感情や欲求を取り戻すこと、そして母親が家族内で過剰に背負っていた責任を、他のメンバ−それぞれに返していくこと、そうすることによって母親は娘とのラクな距離がとれるようになり、新たな関わり方ができてくるのではないだろうか。