| 母との葛藤を超えて〜 娘たちの物語 〜 |
今回の公開講座は、フェミニストカウンセリングが取り組んできた大きなテーマの1つ『母娘関係』についてでした。
まず初めにWCKスタッフの今西が、『母娘関係』をフェミニストカウンセリングではどのように捉えているのか又、その心理的葛藤を乗り越えていくにはどう考えていけばいいのかについて話しました。『男らしさ』『女らしさ』のことばに代表されるジェンダーによって、女性はまず自分の事はあとまわしにして他者に愛情を注ぎ、養育し、世話をするという役割や、人との関係を調整したり維持する役割を付与されており、このように常に他者優先を要求されることによって、女性は失望感や欠乏感、あるいは枯渇感といったような満たされない思いを抱え込んでしまいます。この満たされない『内なる少女』を抱え込んだ母が娘を育てるとき、自分が母にされたと同じように、社会から期待される存在となるように娘を育てようとし、また同じジェンダーを共有する母娘関係の中で、母親は夫や社会に裏切られ不幸な存在だったことを娘なら分かってくれるであろう、支えてくれるだろうと期待するのです。一方、心配に形を変えた愛情で母に支配される娘は、母に心配をかけない娘を演じながら同時に、支配してくる母に対しての腹立たしい気持ちと、そう感じる自分を責めるといった心の葛藤を抱え込みます。このサイクルが続く限り、女性の生き難さの連鎖は無くなりません。
今西は、その連鎖を断ち切るために、母性愛神話による、母とはこうあるべきという幻想や、産む性であることと養育することは分離されるものであることを再考し、母は、社会的に承認を得られる母役割から降り、それ以外の場で自分を満たすものを求めていく。娘の側からは母に対する娘役割を手放し、母は母、自分は自分、母自身の幸、不幸の責任まではとれないこと、母との境界を確認することが必要ではないかとの考えを述べました。
次に体験者の立場から、岩田英子さんが『母は娘を包み込む存在か?』と問題を立て、母との関係を話されました。女子大生を対象にした調査では、母と幼い娘の関係は、いつも母が暖かくて柔らかく包み込むというイメージとあるが、それは岩田さんの感覚とは全く違っていたそうです。仕事を持っていたお母さんは強すぎるほど強い人、花火のように遠くはじけていて、中学から摂食障害だった自分には見向きもせず、母は母なりに生きていることが岩田さんには受け入れられず理想の母を求め続けていたと話された。
今では一人悩む時間を母からもらったこと、自分が母の人生を邪魔したのではないかという罪悪感を持たずに済んだこと、これらは母からのプレゼントだと言われたことには感動を覚えました。また、フェミニストカウンセラーに理想の母を求めたのにやさしくはなかったと会場の笑いをさそいましたが、カウンセラーが力を持ったひとりの人間として自分に対してくれたことは、母との葛藤を繰り返さずに済み、私なりの生き方で生き抜いて行くと力強い言葉で結ばれました。
フェミニストカウンセリング堺スタッフの藤原暁子さんからは『母のいい娘であることを断念するとき』を軸に、母娘関係の中で生じてきた心理的葛藤と、その事から自分を解放してきたプロセスをCRでの体験をもとに話されました。長女である藤原さんは、総じて母の良い娘であろうと忠実に努力し、自分がどうしたいかより、常に母がどう思うかによって物事を決め、同行二人を地でいく生き方だったそうです。精神的、物理的に『私のそばから離れるな』という母からのメッセージを敏感に感じ取りながら、そうできない申し訳なさという自責感を抱えていたとのことです。が、今自分は自分のままでいいんだとの思いを獲得され、伸びやかに生きている藤原さんを感じました。
『母娘関係』における『母殺し』のテーマは、見えにくい世代間サイクルを断ち切ることであり、フェミニズムが目指すジェンダーフリーの大きな山の一つだと感じた公開講座でした。 |
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