報告文〜1999年9月25日
子育てとフェミニストカウンセリング
 ウィメンズカウンセリング京都開設4周年記念イベントとして、9月25日、「子育てとフェミニストカウンセリング」をテーマにシンポジウムを開きました。シンポジウムは、フェミニストカウンセリングの視点から、「母性愛神話」「3歳児神話」に縛られず、「良妻賢母」「いい母」という社会的期待にも惑わされない新しい子育てについて問題提起しようとの趣旨で行なったものです。シンポジストはドーンセンター相談担当コーディネーターの川喜田好恵さん、子連れパワーアッププランニングの西田ゆり子さん、そしてウィメンズカウンセリング京都の井上摩耶子です。話の中から、印象に残ったこと、感じたことを報告します。

 まず川喜田さんからは、「育児とは、子どもが親を不要にしていく作業である」「動物の育児本能には、育児に没入した後、育児から脱するというプログラムがあるが、人間の場合は、本能でないからこそ、長く育児をしてしまう」「子どもはあずかりものであり、育てた後、社会に返す存在である」という話が印象深いものでした。さらに、子育てとフェミニズムは、ともに相手を保護するのではなく、自分で生きていけるようにするためのエンパワーが目的であることが共通しているとの指摘もありました。

 西田さんは、出産退職後の子育てと活動、再就職という自らの体験の中で、子どもが自分と違う「他者」を実感させてくれ、「他者」を「支配」しようとする自分を客観視させてくれたと、子育てを意味づけられました。現在は、子どもの要求と自分の要求が相反するとき、どう折り合いをつけるか、子どもとの適切な距離が課題となっているとも語られました。

  井上からは、フェミニズムは「母性イデオロギー」を解体したものの、「母性」「子育て」の再定義が不徹底であるがゆえに、現代子育ての困難を十分に解きほぐせていないのではないかという問題提起がありました。つまり、妊娠した女性や子育ての価値を過剰にではなく、男女の対等な関係性を実現する契機を内包させながら適切に定義しないと、逆に、出産や子育てにおけるジェンダー意識への囚われや、母親の過剰責任行動からの解放が成し得ないということです。

 そうとらえると、川喜田さんや西田さんの提起は、「子育て」を母子の間に限定するのではなく、父子の間、あるいは保母など子どもに関わる広い人間関係の中でとらえること、また固定的なものではなく子どもの成長に伴って日々変化するかかわりとすることが重要との指摘であり、フェミニズムによる「母性」や「子育て」の再定義に示唆を与えるものなのかもしれません。

 私としては、生きていく上で何を重要と考えるか、その価値観をどう生かしたいか、私の人生の中で子どもをどう位置づけ、子どもとどうかかわるのか、日々、自らに問い続け、迷いながらも決めて、生きていくしかないと思っています。だから「子育て」も子どもとどうかかわるかだけが問題なのではなく、子どもを産み、育てることを決める女性の生き方そのものを見つめないと、子育ての前提が成り立たないような気がします。

 子育てに悩み、しんどい思いをしている女性に、フェミニストカウンセリングの立場で何ができるのかと考えたとき、現代子育ての困難さの社会的構造を解きほぐすとともに、子どもを産み、育てることを決めたはずの自分の原点を見つめ直し、その原点から人とのつながりの中で、自分自身を育てていくことが必要だと感じました。